呻吟語 / 内篇・問學・誦する底は古人の語、做す底は自家の人
讀書人最怕誦底是古人語,做底是自家人。這等讀書雖閉戶十年,破卷五車,成甚麼用!
新字:読書人最怕誦底是古人語,做底是自家人。這等読書雖閉戸十年,破巻五車,成甚麼用!
書き下し
讀書人の最も怕るるは、誦する底は是れ古人の語、做す底は是れ自家の人なり。這等の讀書は閉戶十年、破卷五車と雖も、甚麼の用をか成さん。
現代語訳
読書する人が最も恐れるべきは、口ずさむのは古人の言葉なのに、実際にしているのは自分勝手な人間のままだということです。こういう読書は、十年戸を閉ざし、五台分の書物を読み破ったとしても、何の役に立つでしょうか。
解説
読書の失敗を一行で言い当てます。口に出るのは古人の言葉、行うのは元のままの自分。量では解決しないと示すために、十年の閉門と五台の書物という具体を挙げ、それでも無駄だと断じます。前に出てきた、口に詩書して心は衆人という段と同じ主題ですが、こちらは読書量の無効を強調する形になっています。量では解決しないと示すために、十年と五台が挙げられています。
この章句が説くこと
読書実行無効量変化
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