呻吟語 / 内篇・修身・塵心盡きざれば老いて尚ほ童
難消客氣衰猶壯,不盡塵心老尚童。
新字:難消客気衰猶壮,不尽塵心老尚童。
書き下し
客氣を消し難ければ衰ふるも猶ほ壯なり。塵心盡きざれば老いて尚ほ童なり。
現代語訳
外から来た気が消えなければ、体は衰えてもまだ血気盛んです。世俗の心が尽きなければ、年を取ってもまだ子どもです。
解説
体の老いと心の成熟がずれる様子を、二句で描きます。衰えているのに血気が残り、老いているのに心は子どものまま。年齢が人を成熟させるわけではないという指摘です。客気と塵心という二語がどちらも外来のもので、自分のものではないのに居座っている。前に出てきた、老いてから崩れる側という段と重なります。年齢が人を成熟させるわけではない、という指摘です。
この章句が説くこと
老い客気俗心成熟ずれ
関連する章句
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『呻吟語』内篇・修身・少年は收斂、老人は豪暢少年の情は、收斂を欲して豪暢を欲せず、以て德を謹む可し。老人の情は、豪暢を欲して鬱閼を欲せず、以て生を養ふ可し。
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