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呻吟語 / 内篇・性命・四十以前は是れ個の進心

人之念頭與氣血同為消長,四十以前是個進心,識見未定而敢於有為;四十以後是個定心,識見既定而事有酌量;六十以後是個退心,見識雖真而精力不振。未必人人皆此,而此其大凡也。古者四十仕,六十、七十致仕,蓋審之矣。人亦有少年退縮不任事,厭厭若泉下人者;亦有衰年狂躁妄動喜事者,皆非常理。若乃以見事風生之少年為任事,以念頭灰冷之衰夫為老成,則誤矣。鄧禹沉毅,馬援矍鑠,古誠有之,豈多得哉!

新字:人之念頭与気血同為消長,四十以前是個進心,識見未定而敢於有為;四十以後是個定心,識見既定而事有酌量;六十以後是個退心,見識雖真而精力不振。未必人人皆此,而此其大凡也。古者四十仕,六十、七十致仕,蓋審之矣。人亦有少年退縮不任事,厭厭若泉下人者;亦有衰年狂躁妄動喜事者,皆非常理。若乃以見事風生之少年為任事,以念頭灰冷之衰夫為老成,則誤矣。鄧禹沈毅,馬援矍鑠,古誠有之,豈多得哉!

書き下し

人の念頭は氣血と同じく消長を為す。四十以前は是れ個の進心、識見未だ定まらずして敢へて為す有り。四十以後は是れ個の定心、識見既に定まりて事に酌量有り。六十以後は是れ個の退心、見識真なりと雖も精力振るはず。未だ必ずしも人人皆此くのごとくならざるも、此れ其の大凡なり。古は四十にして仕へ、六十・七十にして仕を致す、蓋し之を審らかにせり。人も亦た少年にして退縮し事に任ぜず、厭厭として泉下の人のごとき者有り。亦た衰年にして狂躁妄動し事を喜ぶ者有り、皆常理に非ず。若し乃ち事を見て風生ずるの少年を以て事に任ずと為し、念頭灰冷の衰夫を以て老成と為さば、則ち誤れり。鄧禹は沉毅、馬援は矍鑠たり、古に誠に之有り、豈に多く得んや。

現代語訳

人の考えは気血と同じように盛衰します。四十より前は進む心で、見識がまだ定まらないのに思い切って事を行います。四十より後は定まった心で、見識が定まって事に加減がつきます。六十より後は退く心で、見識は確かでも気力が振るいません。必ずしも誰もがこうだとは限りませんが、これがおおよそです。昔は四十で仕え、六十七十で職を退いた。よく見極めていたのです。若いのに引っ込んで事を引き受けず、しおれて墓の下の人のような者もあれば、老いてから狂い騒いで事を好む者もいる。どちらも常の理ではありません。もし事を見るたびに風を起こす若者を事に堪える者とし、考えが灰のように冷えた老人を老成とするなら、それは誤りです。鄧禹は沈着で毅然とし、馬援は老いてなお矍鑠としていました。昔にたしかにそういう人はいましたが、多く得られるものでしょうか。

解説

年齢による心の変化が三段で整理されます。四十までは進む心、四十からは定まった心、六十からは退く心。ここまでは穏やかな観察ですが、続く警告が鋭い。騒がしい若者を実行力があると見誤り、気力の冷えた老人を老成と見誤るな、と。年齢と中身を取り違えるなという指摘で、若さも老いも、それ自体は資格にならないことが示されています。

この章句が説くこと

年齢進退気力誤認老成

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