呻吟語 / 内篇・修身・細かに思へば真に是れ愧死
士君子常自點檢,晝思夜想,不得一時閑,郤思想個甚事?果為天下國家乎?抑為身家妻子乎?飛禽走獸,東鶩西奔,爭食奪巢;販夫豎子,朝出暮歸,風餐水宿,他自食其力,原為溫飽,又不曾受人付托,享人供奉,有何不可?士君子高官重祿,上藉之以名份,下奉之以尊榮,為汝乎?不為汝乎?乃資權勢而營鳥哭巿井之圖,細思真是愧死。
新字:士君子常自点検,昼思夜想,不得一時閑,郤思想個甚事?果為天下国家乎?抑為身家妻子乎?飛禽走獣,東鶩西奔,争食奪巣;販夫豎子,朝出暮帰,風餐水宿,他自食其力,原為温飽,又不曽受人付托,享人供奉,有何不可?士君子高官重禄,上藉之以名份,下奉之以尊栄,為汝乎?不為汝乎?乃資権勢而営鳥哭巿井之図,細思真是愧死。
書き下し
士君子常に自ら點檢す。晝に思ひ夜に想ひ、一時の閑を得ず。郤って個の甚事をか思想する。果たして天下國家の為か、抑そも身家妻子の為か。飛禽走獸は東に鶩り西に奔り、食を爭ひ巢を奪ふ。販夫豎子は朝に出で暮に歸り、風に餐し水に宿る。他は自ら其の力を食らふ、原と溫飽の為なり。又た曾て人の付托を受けず、人の供奉を享けず、何の不可か有らん。士君子は高官重祿、上は之に藉るに名份を以てし、下は之を奉ずるに尊榮を以てす。汝が為か、汝が為ならざるか。乃ち權勢に資りて鳥哭巿井の圖を營むは、細かに思へば真に是れ愧死せん。
現代語訳
士君子は常に自分を点検します。昼に思い夜に想い、一時も暇がありません。しかし一体何を思っているのでしょうか。本当に天下国家のためでしょうか、それとも自分の家と妻子のためでしょうか。鳥や獣は東に西に走り、餌を争い巣を奪います。行商人や小僧は朝に出て夕に帰り、風の中で食べ水辺に宿ります。彼らは自分の力で食べているのであり、もともと暖と食のためです。しかも人から付託を受けておらず、人の奉仕も受けていないのだから、何の差し支えもありません。士君子は高い官と重い俸禄を受け、上からは名分を与えられ、下からは尊敬と栄誉を捧げられます。それはあなたのためでしょうか、そうでないのでしょうか。それなのに権勢を元手に、鳥や市井の者と同じ算段をする。細かに考えれば、本当に恥じて死ぬ思いです。
解説

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