呻吟語 / 内篇・修身・吾が身只だ是れ過ち多し
常看得自家未必是,他人未必非,便有長進。再看得他人皆有可取,吾身只是過多,更有長進。
書き下し
常に自家未だ必ずしも是ならず、他人未だ必ずしも非ならずと看得ば、便ち長進有り。再び他人皆な取る可き有り、吾が身只だ是れ過ち多しと看得ば、更に長進有り。
現代語訳
いつも、自分が必ずしも正しいとは限らず、他人が必ずしも間違ってはいないと見られれば、それで進歩があります。さらに、他人にはみな取るべき所があり、自分にはただ過ちが多いと見られれば、いっそう進歩があります。
解説
進歩の段階を二つ示します。第一段は自他の正誤を保留すること、第二段は他人に長所を見て自分に過ちを見ることです。第一段でも進歩はあるが、第二段でさらに進むという構成が丁寧で、いきなり最上を求めません。日ごろの見方を一段ずつずらしていく、実行可能な道筋になっています。いきなり最上を求めず、一段ずつずらしていく道筋です。
この章句が説くこと
自他保留長所過ち段階
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