呻吟語 / 内篇・修身・四端に自ら分量有り
四端自有分量,擴充到盡處,只滿得原來分量,再增不得些子。
新字:四端自有分量,擴充到尽処,只満得原来分量,再增不得些子。
書き下し
四端に自ら分量有り。擴充して盡處に到るも、只だ原來の分量を滿たすのみ。再び些子を增し得ず。
現代語訳
四つの端にはそれぞれ量が定まっています。押し広げて限りまで至っても、もともとの量を満たすだけで、それ以上少しも増やせません。
解説
孟子の四端を押し広げよという教えに、上限を示します。広げきっても、もともと持っていた量を満たすだけだ、と。つまり修養とは増やす作業ではなく、埋める作業になります。前に出てきた、分を越えて善いものは無いという段と同じ考え方で、努力の意味を新たに作るのではなく元に戻すことに置いています。努力の意味を、新たに作るのではなく元に戻すことに置いています。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
四端分量拡充上限本来
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