呻吟語 / 内篇・性命・性分は虧欠せしむ可からず
性分不可使虧欠,故其取數也常多,曰窮理,曰盡性,曰達天,曰入神,曰致廣大、極高明。情慾不可使贏餘,故其取數也常少,曰謹言,曰慎行,曰約己,曰清心,曰節飲食、寡嗜慾。
新字:性分不可使虧欠,故其取数也常多,曰窮理,曰尽性,曰達天,曰入神,曰致広大、極高明。情慾不可使贏余,故其取数也常少,曰謹言,曰慎行,曰約己,曰清心,曰節飲食、寡嗜慾。
書き下し
性分は虧欠せしむ可からず、故に其の數を取るや常に多し。曰く理を窮む、曰く性を盡くす、曰く天に達す、曰く神に入る、曰く廣大を致し高明を極む。情慾は贏餘せしむ可からず、故に其の數を取るや常に少なし。曰く言を謹む、曰く行ひを慎む、曰く己を約す、曰く心を清くす、曰く飲食を節し嗜慾を寡くす。
現代語訳
生まれ持った本分は欠けさせてはならないので、その目盛りは常に多めに取ります。理を窮める、性を尽くす、天に達する、神に入る、広大を致し高明を極める、というように。一方、情や欲は余らせてはならないので、その目盛りは常に少なめに取ります。言葉を謹む、行いを慎む、自分を引き締める、心を清くする、飲食を節し欲を少なくする、というように。
解説
聖賢の言葉が二つの群に仕分けられます。本分に関わる語はどれも多くせよと言い、欲に関わる語はどれも少なくせよと言う。同じ経書の中で、増やす方向と減らす方向がはっきり分かれていることが示されます。目盛りの取り方という言い方が実務的で、どちらに振るべきかを迷ったときの物差しになります。窮める尽くす極めると、謹む慎む節す寡くすの対比が鮮やかです。
この章句が説くこと
性分情慾増減方向物差し
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