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呻吟語 / 内篇・修身・維皇上帝に何の顏面か有らん

七尺之軀,戴天覆地,抵死不屈於人,乃自落草,以至蓋棺降志辱身、奉承物欲,不啻奴隸,到那魂升於天之上,見那維皇上帝有何顏面?愧死!愧死!

書き下し

七尺の軀、天を戴き地を覆し、死に抵るまで人に屈せず。乃ち落草より、以て蓋棺に至るまで志を降し身を辱め、物欲を奉承すること奴隸に啻ならず。那の魂の天に升るの上に到り、那の維皇上帝を見るに何の顏面か有らん。愧ぢ死せん、愧ぢ死せん。

現代語訳

七尺の身は天を戴き地を踏み、死ぬまで人に屈しないはずのものです。それなのに生まれ落ちてから棺の蓋を閉じるまで、志を下げ身を辱め、物欲に仕えること奴隷どころではありません。魂が天に昇って、かの偉大なる上帝にまみえるとき、どんな顔ができるでしょうか。恥じて死ぬ思い、恥じて死ぬ思いです。

解説

修身篇を締めくくるにふさわしい、激しい自問です。人に屈しないはずの身が、物欲には一生仕えている。その倒錯を突いたうえで、死後に上帝の前に立つ場面を持ち出します。人前での恥ではなく、最後に一人で立つ場面での恥。愧死という言葉を二度繰り返す結びに、この書全体を貫く自責の調子が集まっています。人前での恥ではなく、最後に一人で立つ場面での恥です。

この章句が説くこと

物欲屈服上帝自責

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