呻吟語 / 内篇・修身・自家に自家を奈何ともする沒き時
人到自家沒奈自家何時,便可慟哭。
新字:人到自家没奈自家何時,便可慟哭。
書き下し
人自家に自家を奈何ともする沒き時に到らば、便ち慟哭す可し。
現代語訳
人が、自分で自分をどうにもできなくなる時まで来たなら、声を上げて泣くほかありません。
解説
わずか十数字の、深い絶望を描いた一段です。他人にどうにもできないのではなく、自分で自分を扱えなくなる。前に出てきた、勝手気ままが固まれば自分の後悔でも抑えられないという段の、行き着いた先です。修身の書がこの状態を慟哭という言葉で呼ぶことに、重みがあります。そこまで行かないための備えが、修身篇全体だとも読めます。
この章句が説くこと
絶望制御放縦慟哭限界
関連する章句
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孫子・形篇故に戦いを善くする者は、不可勝を為すこと能うも、敵をして必ず勝つべからしむること能わず。
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孫子・虚実篇孫子曰く、戦いを善くする者は、人を致して人に致されず。
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論語・雍也篇冉求曰く、「子の道を説ばざるに非ず、力足らざるなり。」子曰く、「力足らざる者は、中道にして廃す。今女は画れり。」
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『墨子』尚同下天子、其の知力を以て未だ獨り天下を治むるに足らずと為す。是を以て其の次を選擇し、立てて三公と為す。三公も又た其の知力を以て未だ獨り天子を左右するに足らずと為す。是を以て國を分かちて諸侯を建つ。諸侯も又た其の知力を以て未だ獨り其の四境の内を治むるに足らずと為す。是を以て其の次を選擇し、立てて卿の宰と為す。卿の宰も又た其の知力を以て未だ獨り其の君を左右するに足らずと為す。是を以て其の次を選擇し、立てて鄉長家君と為す。是の故に古者、天子の三公・諸侯・卿の宰・鄉長家君を立つるは、特に富貴游佚にして之を擇ぶに非ざるなり。將に亂を治め刑政するを助けしめんとするなり。故に古者、國を建て都を設け、乃ち后王君公を立て、奉ずるに卿士師長を以てするは、此れ説を用いんと欲するに非ず。唯だ辯じて天民を治むるを助けしむるなり。
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