呻吟語 / 内篇・修身・心を草稿と為し口もて真を謄す
說話如作文字,字在心頭打點過,是心為草稿而口謄真也,猶不能無過,而況由易之言,真是病狂喪心者。
新字:説話如作文字,字在心頭打点過,是心為草稿而口謄真也,猶不能無過,而況由易之言,真是病狂喪心者。
書き下し
說話は文字を作るが如し。字は心頭に在りて打點し過ぐ、是れ心を草稿と為して口もて真を謄すなり。猶ほ過ち無き能はず。而るに況んや易に由るの言は、真に是れ病狂喪心の者なり。
現代語訳
話すことは文章を書くのと同じです。一字ずつ心の中で点検してから出す。心を下書きとし、口で清書するのです。それでも誤りを無くすことはできません。まして軽々しく出る言葉となれば、本当に気が触れ心を失った者のすることです。
解説
話すことを、下書きと清書の二段作業にたとえます。心で下書きし、口で清書する。この手順を踏んでさえ誤りは残るのだから、手順を飛ばして出る言葉は正気ではないというわけです。文章を書く人には特によく分かる比喩で、推敲無しに世に出すことの危うさがそのまま重なります。前の段の、話すことが第一の難事だという宣言の具体化です。
この章句が説くこと
言葉推敲下書き軽率手順
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