呻吟語 / 内篇・修身・口の罪は百體より大なり
口之罪大於百體,一進去百川灌不滿,一出來萬馬追不回。
新字:口之罪大於百体,一進去百川灌不満,一出来万馬追不回。
書き下し
口の罪は百體より大なり。一たび進み去れば百川灌ぐも滿たず、一たび出で來たれば萬馬追ふも回らず。
現代語訳
口の罪は、体のどの部分より大きい。ひとたび入れ始めれば百の川を注いでも満ちず、ひとたび出てしまえば万頭の馬で追っても引き返せません。
解説
口の危うさを、入る側と出る側の二つで描きます。入る側は百の川でも満ちない底なしの欲、出る側は万頭の馬でも追いつけない言葉です。数の誇張が効いていて、どちらも人の手に負えないと分かります。前に出てきた、口という小さな器官が身と腹を壊すという段と同じ主題ですが、こちらは像の大きさで圧倒する書き方になっています。
この章句が説くこと
口言葉食欲不可逆比喩
関連する章句
-
『呻吟語』内篇・談道・玄言は道の以て為す無き者譬ふること罕にして喻る者は、至言なり。譬へて喻る者は、微言なり。譬へて喻らざる者は、玄言なり。玄言なる者は、道の以て為す無き者なり。玄言を理會せざるも、其の聖人爲るを害せず。
-
『甲陽軍鑑』品第四十子細は信玄公わかうまします時より、諸侍のことばをよくきゝ、分別あるも、なきも、つよからんも、よはからんも其人の物いふ儀にてつもり被成たるが、今日にいたるまでも、それがしむけんならくへ堕罪仕らん、少もあひちがはず候、さるほどに、よき事をもほめ所を見いだし、聞付穿鑿の取さたをもつて善をば善と定め、悪をば悪とさだめ、道理をつめてほめそしる武士の作法なり、さなくして、かたはし聞て我贔負の者を虚空によきとばかり批判する事女にあひにたる侍、と信玄公の常々御諚これなり、如此有様にせんさくあそばす故、若手に能武士出くるなりと阿部加賀守申て、金丸助六郎·同惣蔵にをしゆる也、
-
論語・顔淵篇司馬牛、仁を問う。子曰く、「仁者は、其の言や訒し。」曰く、「其の言や訒しければ、斯れ之を仁と謂うか。」子曰く、「之を為すこと難し、之を言うこと訒きこと無きを得んや。」
-
人物志・八觀其の言甚だ懌べども、精色従わざる者は、中に違う有るなり。其の言違う有れども、精色信ずべき者は、辞の敏ならざるなり。
-
『正法眼蔵随聞記』巻一宋土の寺院なんどには都て雑談をせざれば、其やうなること、をも云はざるなり、吾が国も近ごろ建仁寺の僧正存生の時は、一向あからさまにも此の如きの言語出来らず、滅後にも存世の時の弟子等、少々残りとヾまりたりし時は一切に云はざりき、近ごろ此の七八年より以来、今ま出の若き人たち時々談ずるなり、存外の次第なり、聖教の中にも麁强悪業令人覚悟無利言説能障正道とありて、只うち出して云処の言ばすら、無利の言説は障道の因縁なり況やかくの如きの言語は、ことばに引れて即ち心も起りつべし、最も用心すべきなり、故さらにかくなん云はじとせずとも、悪きことゝ知りなば漸々に退治すべきなり、
-
『正法眼蔵随聞記』巻一雑話の次でに云く、世間の男女老少多く交会姪色等の事を談ず、是を以て心を慰むるとし、興言とすることあり、一旦意をも遊戯し、徒然も慰むるに似たりと云ふとも、僧はもつとも禁断すべきことなり、俗猶よき人、まことしき人の、礼儀をも存じ、げにげにしき談の時、出来らざることなり、只乱酔放逸なる時の談なり、況や僧は専ら仏道を思ふべし、雑語は希有異体の乱僧の云ふことなり、