呻吟語 / 内篇・修身・慎まざる者の積む所
慎者之有餘,足以及人;不慎者之所積,不能保身。
新字:慎者之有余,足以及人;不慎者之所積,不能保身。
書き下し
慎む者の餘り有るは、以て人に及ぶに足る。慎まざる者の積む所は、身を保つ能はず。
現代語訳
慎む者の余りは、人にまで及ぶのに十分です。慎まない者の積み上げたものは、自分の身さえ保てません。
解説
慎みのある人には余りが出て、それが人にまで届く。慎みの無い人は、いくら積んでも自分の身すら守れない。同じ蓄積でも、慎みの有無で行き先が正反対になるという対句です。余りが人に及ぶという言い方が印象的で、余裕があるから人を助けられるという順序が示されています。前に出てきた、余った力があってこそ使いどころが生まれるという段とも重なります。
この章句が説くこと
慎み余裕蓄積保身他者
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