葉隠 / 聞書第二
今時の若き者、女風になりたがるなり。結構者、人愛の有る人、物を破らぬ人やはらかなる人と云ふ樣なるを、よき人と取りはやす時代になりたる故、矛手延びず、突つ切れたる事成らぬなり。第一は身上を抱留むる合黙が强き故、大事と計り思ひ、心縮まると見えたり。其方も我が知行にてなく、親の苦勞して取立てられたる物を、養子に來て崩し候てはならぬことと、大事に思はるべきが、それは世上の風なり。我等が所存は格別なり。奉公する時分、身上の事などは何とも思はざりしなり。素より主人のものなれば、大事がり惜しむべき樣無き事なり。我等生世の中に、奉公方にて浪人切腹して見すれば本望至極なり。奉公人の打留めは此の二簡條に極りたるものなり。其の中きたな崩れは無念なり。おくれ不當介私慾人の害になる事などは有るまじき事なり。其の外にては崩すを本望と思ふべし。斯くの如く落着くと、其の儘矛手延びて働かれ、勢格別なり。
新字:今時の若き者、女風になりたがるなり。結構者、人愛の有る人、物を破らぬ人やはらかなる人と云ふ様なるを、よき人と取りはやす時代になりたる故、矛手延びず、突つ切れたる事成らぬなり。第一は身上を抱留むる合黙が强き故、大事と計り思ひ、心縮まると見えたり。其方も我が知行にてなく、親の苦労して取立てられたる物を、養子に来て崩し候てはならぬことと、大事に思はるべきが、それは世上の風なり。我等が所存は格別なり。奉公する時分、身上の事などは何とも思はざりしなり。素より主人のものなれば、大事がり惜しむべき様無き事なり。我等生世の中に、奉公方にて浪人切腹して見すれば本望至極なり。奉公人の打留めは此の二簡条に極りたるものなり。其の中きたな崩れは無念なり。おくれ不当介私慾人の害になる事などは有るまじき事なり。其の外にては崩すを本望と思ふべし。斯くの如く落着くと、其の儘矛手延びて働かれ、勢格別なり。
書き下し
今時(いまどき)の若き者、女風(おんなふう)になりたがるなり。結構者(けっこうもの)、人愛(じんあい)の有る人、物を破らぬ人柔(やわ)らかなる人と云う様なるを、よき人と取りはやす時代になりたる故(ゆえ)、矛手(ほこて)延びず、突つ切(き)れたる事成らぬなり。第一は身上(しんしょう)を抱留(かかえと)むる合黙(あいもく)が強き故、大事と計り思い、心縮(ちぢ)まると見えたり。其方(そなた)も我が知行にてなく、親の苦労して取立てられたる物を、養子に来て崩し候てはならぬことと、大事に思わるべきが、それは世上(せじょう)の風(ふう)なり。我等(われら)が所存は格別なり。奉公する時分、身上の事などは何とも思わざりしなり。素(もと)より主人のものなれば、大事がり惜しむべき様(よう)無き事なり。我等生(い)くる世の中に、奉公方(ほうこうかた)にて浪人切腹して見すれば本望至極(ほんもうしごく)なり。奉公人の打留(うちど)めは此の二箇条に極(きわ)まりたるものなり。其の中きたな崩れは無念なり。おくれ・不甲斐(ふがい)・私慾(しよく)・人の害になる事などは有るまじき事なり。其の外にては崩すを本望と思うべし。斯くの如く落着くと、其の儘矛手延びて働かれ、勢(いきおい)格別なり。
現代語訳
今どきの若い者は女風になりたがる。物腰の柔らかい者、人に好かれる者、物を壊さない者、柔和な者、そういうのをよい人だともてはやす時代になったので、矛先が伸びず、思い切って突き進むことができないのだ。第一に、自分の身代(財産・地位)を抱え守ろうとする気持ちが強いので、大事にとばかり思い、心が縮こまっていると見える。「お前の知行も自分で得たものではなく、親が苦労して取り立てたものを、養子に来て潰してはならない」と大事に思うのももっともだが、それは世間並みの風潮だ。自分の考えは別だ。奉公するときに、身代のことなど何とも思わなかった。もともと主人のものなのだから、大事に惜しむ筋合いはない。自分が生きている世の中で、奉公の場で浪人し切腹して見せれば本望の極みだ。奉公人の最期はこの二つに極まる。ただし、汚い崩れ方は無念だ。臆病・不甲斐なさ・私欲・人の害になるようなことはあってはならない。それ以外でなら、身代を崩すことこそ本望と思うべきだ。このように腹が据わると、そのまま矛先が伸びて働け、勢いが格別になる。
解説
この章句が説くこと
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