呻吟語 / 内篇・修身・懶散の二字は立身の賊
懶散二字,立身之賊也。千德萬業,日怠廢而無成;千罪萬惡,日橫恣而無制,皆此二字為之。西晉仇禮法而樂豪放,病本正在此安肆日偷。安肆,懶散之謂也。此聖賢之大成也。
新字:懶散二字,立身之賊也。千徳万業,日怠廃而無成;千罪万悪,日横恣而無制,皆此二字為之。西晉仇礼法而楽豪放,病本正在此安肆日偷。安肆,懶散之謂也。此聖賢之大成也。
書き下し
懶散の二字は、身を立つるの賊なり。千德萬業は、日に怠廢して成る無く、千罪萬惡は、日に橫恣して制する無し。皆な此の二字之を為すなり。西晉の禮法を仇として豪放を樂しむは、病の本正に此の安肆日偷に在り。安肆とは、懶散の謂ひなり。
現代語訳
怠りと締まりの無さの二字は、身を立てる上での賊です。千の徳と万の業は日ごとに怠り廃れて成らず、千の罪と万の悪は日ごとに勝手に広がって抑えが利かない。みなこの二字がそうさせるのです。西晋の人々が礼法を敵視して豪放を楽しんだのも、病の元はまさにこの、安逸で勝手なまま日々を盗むことにありました。安肆とは、怠りと締まりの無さのことです。
解説
怠りと締まりの無さを、身を立てる上での賊と呼びます。この二字があると、善は日ごとに減り、悪は日ごとに増える。両方向に働くのが厄介です。そして西晋の風潮を例に挙げ、礼法を嫌って自由を気取る態度の正体がこれだと言い当てます。自由に見えるものが実は怠りだという指摘は、前に出てきた、無為を隠れ蓑にするという段と通じます。
この章句が説くこと
怠惰放縦賊自由西晋
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