呻吟語 / 内篇・應務・事の賊なり
先事體怠神昏,事到手忙腳亂,事過心安意散,此事之賊也。兵家尤不利此。
新字:先事体怠神昏,事到手忙腳乱,事過心安意散,此事之賊也。兵家尤不利此。
書き下し
事に先んじては體怠り神昏く、事手に到れば手忙しく腳亂れ、事過ぐれば心安く意散ず。此れ事の賊なり。兵家は尤も此に利あらず。
現代語訳
事の前には体が怠り精神がぼんやりし、事が手元に来れば手が忙しく足が乱れ、事が過ぎれば心が安んじ意が散る。これが事にとっての賊です。兵家にとってはとりわけ不利です。
解説
三つの時期に、それぞれ違う崩れ方を挙げます。前には怠り、最中には乱れ、後には散る。つまりどの時期も締まっていないということです。そして賊と呼ばれます。とくに兵家に不利だと添えられるのは、軍事では一瞬の緩みが致命的だからでしょう。三時期をまとめて点検できる形になっています。三つの時期をまとめて点検できる形になっています。
この章句が説くこと
時期怠り混乱弛緩賊
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