呻吟語 / 内篇・修身・碌碌一生、百事成る無し
以精到之識,用堅持之心,運精進之力,便是金石可穿,豚魚可格,更有甚麼難做之事功?難造之聖神?士君子碌碌一生,百事無成,只是無志。
書き下し
精到の識を以てし、堅持の心を用ひ、精進の力を運らせば、便ち是れ金石も穿つ可く、豚魚も格る可し。更に甚麼の做し難きの事功、造り難きの聖神か有らん。士君子碌碌として一生、百事成る無きは、只だ是れ志無きなり。
現代語訳
行き届いた見識をもって、堅く持ち続ける心を用い、精進する力を運らせれば、金石も穿てるし、豚や魚のような相手も感化できます。それ以上に成し遂げがたい仕事、到りがたい聖なる境地があるでしょうか。士君子が漫然と一生を送り、何事も成らないのは、ただ志が無いからです。
解説
見識と持続と精進の三つが揃えば何でも成ると言い、成らないのは志が無いからだと結論づけます。能力でも運でもなく志に原因を戻すのは厳しい見方ですが、逆に言えば誰にでも入口があるということでもあります。金石を穿ち豚魚を感化するという大きな比喩の後に、碌碌という日常の言葉を置く落差も効いています。原因を志に戻すのは厳しいが、誰にでも入口があるということでもあります。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
志見識持続精進成就
関連する章句
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論語・季氏篇孔子曰く、「『善を見ては及ばざるが如くし、不善を見ては湯を探るが如くす。』吾其の人を見たり、吾其の語を聞けり。『隠居して以て其の志を成し、義を行いて以て其の道を達す。』吾其の語を聞けり、未だ其の人を見ざるなり。」
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啓発録・振氣乍去、只此気の振立候而已にて志立ぬ時は、折節氷の解け酔のさむる如く、後還り致す事有之者に候。故に気一旦振立候へば、方に志立候事甚大切なり。
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孟子・盡心章句上孟子曰く、「孔子東山に登りて魯を小とし、泰山に登りて天下を小とす。故に海を観る者には水と為し難く、聖人の門に游ぶ者には言と為し難し。水を観るに術有り、必ず其の瀾を観る。日月明有り、光を容るるところ必ず照らす。流水の物為るや、科に盈たざれば行かず。君子の道に志すや、章を成さざれば達せず。」
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『正法眼蔵随聞記』巻五亦云く、仙人ありき、或人問て云く、如何がして仙を得ん、仙人の云く、仙を得んと思はゞ仙道を好むへしと、然れば学人も仏祖の道を得んと思はゞ、須く仏祖の道を好むへし、
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『慎思録』巻之一道に志す者は、須らく誠敬以て其の志を守るべし。然らざれば則ち流蕩放荒して道を忘れ、終にも亦必ず亡びんのみ。今の学者、大率人の不善を責むるの意思常に多くして、己の不善を責むるの意思常に少なし。此れ聖賢を以て人を律し、衆人を以て己を待すと謂ふ。是を以て学を為す者の、終に己に益無き所以なり。
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『大和俗訓』巻之一・為学上されども芸は末なり、道義の学は本なり。芸をひたすら好めば、必学の志をうばはれて失ふものなり。いはんや私欲のなぐさみ好みにまかするをや。いましむべし。志を立つれば、たとへば西国の人のあづまへ行かんとおもひ立ちて、日々に行くに、其間昼夜あづまへ行かんと思ふ心は、念々つねにやまず。是あづまへ行く志たつなり。かくの如くなれば、つひに志す所に行きとどかずといふ事なし。道に志すも亦かくの如くなるべし。