呻吟語 / 内篇・修身・堂堂たる天君、卻って人欲の臣僕と為る
天理與人欲交戰時,要如百戰健兒,九死不移,百折不回,其奈我何?如何堂堂天君,卻為人欲臣僕?內款受降,腔子中成甚世界?
新字:天理与人欲交戦時,要如百戦健児,九死不移,百折不回,其奈我何?如何堂堂天君,却為人欲臣僕?内款受降,腔子中成甚世界?
書き下し
天理と人欲と交戰する時、百戰の健兒の如く、九死にも移らず、百折にも回らず、其れ我を奈何せんとするを要す。如何ぞ堂堂たる天君にして、卻って人欲の臣僕と為らんや。內に款を受け降を受けば、腔子の中甚の世界をか成さん。
現代語訳
天理と人欲が戦うときは、百戦を経た兵のように、九たび死んでも動かず、百たび折れても引き返さず、私をどうにでもしてみろという構えが必要です。どうして堂々たる心の君主が、人欲の家来になってよいでしょうか。内側で降参を受け入れたら、胸の中はどんな世界になるでしょうか。
解説
内面の葛藤を、戦場の光景として描きます。心を君主、欲を臣下と見立て、君主が家来に降参する倒錯を突く。九死にも移らず百折にも回らずという言い回しには、修養書には珍しい戦の気迫があります。胸の中がどんな世界になるかという問いで終わるのも効果的で、負けた後の風景を想像させる形になっています。負けた後の胸の風景を、想像させる形で終わっています。
この章句が説くこと
天理人欲葛藤主従気迫
関連する章句
-
『呻吟語』内篇・修身・天理を師保の如く敬す天理は本と自ら廉退す、而るに吾又た之に處するに疏を以てす。人欲は本と善く夤緣す、而るに吾又た之に狎るるに親を以てす。小人は方寸に滿ちて君子は千里の外に在り。身を修めんと欲するも、得んや。故に學者は天理と處するに、始めは則ち之を敬すること師保の如く、既にして之に親しむこと骨肉の如く、久しければ則ち渾化して一體と為る。人欲は間に乘じて入らんと欲すと雖も、從る無からん。
-
『呻吟語』内篇・修身・天理人心合はば甚麼の好事か成らざらん只だ人情世故熟せば、甚麼の大官か做し到らざらん。只だ天理人心合はば、甚麼の好事か做し成らざらん。
-
『呻吟語』内篇・存心・常に天君を主と為し、萬感を客と為す常に天君をして主と為らしめ、萬感をして客と為らしむれば、便ち好し。只だ他と平交するのみにても、已に自ら其の尊に居るの體を褻す。若し他に跟ひて走り去り走り來たり、他に愚弄綴哄せらるれば、這れは是れ小兒童、這れは是れ真の奴婢なり。甚の面目有りてか靈台の上に來たり坐し、四肢百骸を役使せん。羞づ可く笑ふ可し。兒に示す。
-
『呻吟語』内篇・談道・七情は總じて是れ個の欲七情は總じて是れ個の欲なり、只だ其の正を得了らば、都て是れ天理なり。五性は總じて是れ個の仁なり、只だ不仁なり了らば、都て是れ人欲なり。
-
『呻吟語』内篇・修身・維皇上帝に何の顏面か有らん七尺の軀、天を戴き地を覆し、死に抵るまで人に屈せず。乃ち落草より、以て蓋棺に至るまで志を降し身を辱め、物欲を奉承すること奴隸に啻ならず。那の魂の天に升るの上に到り、那の維皇上帝を見るに何の顏面か有らん。愧ぢ死せん、愧ぢ死せん。
-
『呻吟語』内篇・修身・時時人情を體悉す時時人情を體悉し、念念天理を持循す。