呻吟語 / 内篇・修身・志に惡む無きを貴ぶ
是以君子貴無惡於志。
新字:是以君子貴無悪於志。
書き下し
是を以て君子は志に惡む無きを貴ぶ。
現代語訳
だから君子は、自分の志に恥じるところが無いことを貴びます。
解説
前の段を一行で受け止める、短い締めの段です。外からの評価ではなく、自分の志に後ろ暗いところが無いこと。それだけを基準に置きます。無惡於志は詩経に由来する言い方で、内側の一点に基準を集約する言葉として選ばれています。長い議論の後に置かれた短句が、話の芯を残す。この書の構成がよく現れた一段です。外の評判をすべて外して、内側の一点だけを残しています。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
志内省基準後ろ暗さ簡潔
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