呻吟語 / 内篇・修身・屋漏に工夫少なし
容貌要沉雅自然,只有一些浮淺之色,作為之狀,便是屋漏少工夫。
新字:容貌要沈雅自然,只有一些浮浅之色,作為之状,便是屋漏少工夫。
書き下し
容貌は沉雅自然なるを要す。只だ一些の浮淺の色、作為の狀有らば、便ち是れ屋漏に工夫少なきなり。
現代語訳
顔つきは沈んで上品で、自然であるべきです。ほんの少しでも浮ついた色や、わざとらしい様子があれば、それは人目の届かない所での工夫が足りないのです。
解説
表情のわずかな浮つきを、人の見ていない所での不足の印と読みます。屋漏とは部屋の北西の隅で、誰も見ていない場所のたとえです。つまり人前の顔つきは、独りでいる時間の質をそのまま映すということになります。前に出てきた、顔は公けの証人だという段と同じ主張で、直すべきは顔ではなく独りの時間だという結論です。顔を直そうとせず、独りの時間を直せということです。
この章句が説くこと
容貌屋漏慎独自然作為
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