呻吟語 / 内篇・修身・鳥獸の知有る者を效法す
好逸惡勞,甘食悅色,適己害群,擇便逞忿,雖鳥獸亦能之。靈於萬物者,當求有別,不然,類之矣。且風德麟仁,鶴清豸直,烏孝雁貞,苟擇鳥獸之有知者而效法之,且不失為君子矣。可以人而不如乎?
新字:好逸悪労,甘食悦色,適己害群,択便逞忿,雖鳥獣亦能之。霊於万物者,当求有別,不然,類之矣。且風徳麟仁,鶴清豸直,烏孝雁貞,苟択鳥獣之有知者而効法之,且不失為君子矣。可以人而不如乎?
書き下し
逸を好み勞を惡み、食を甘しとし色を悅び、己に適して群を害し、便を擇び忿を逞しくするは、鳥獸と雖も亦た能く之を為す。萬物に靈なる者は、當に別有るを求むべし。然らずんば、之に類するなり。且つ風德麟仁、鶴清豸直、烏孝雁貞なり。苟しくも鳥獸の知有る者を擇びて之を效法せば、且つ君子爲るを失はず。人を以てして如かざる可けんや。
現代語訳
安楽を好み労を嫌い、うまいものを求め色を喜び、自分に都合よく群れを害し、楽なほうを選んで怒りを撒き散らす。これらは鳥や獣でもできます。万物の中で霊なる者は、そこに違いを求めるべきです。そうでなければ、鳥獣と同類です。しかも鳳には徳があり麒麟には仁があり、鶴は清く獬豸はまっすぐ、烏は孝行で雁は貞節です。もし鳥獣の中で知恵ある者を選んで見習うなら、それでも君子でいられます。人でありながら及ばないでよいでしょうか。
解説
人が人である条件を、鳥獣にできないことに求めます。安楽を好み欲に従うだけなら鳥獣と同じだ、と。そのうえで話が反転し、鳥獣のほうにも徳や仁や貞節があると挙げていきます。見習ってさえ君子になれるというのですから、皮肉が効いています。人であることは資格ではなく努力の結果だという、二段構えの論法になっています。

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人間鳥獣徳努力比較
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