呻吟語 / 内篇・修身・大いに相反する者は大いに相似たり
大相反者大相似,此理勢之自然也。故怒極則笑,喜極則悲。
書き下し
大いに相反する者は大いに相似たり。此れ理勢の自然なり。故に怒り極まれば則ち笑ひ、喜び極まれば則ち悲しむ。
現代語訳
大いに反対のものは、大いに似ています。これは理と勢いの自然です。だから怒りが極まれば笑いになり、喜びが極まれば悲しみになります。
解説
正反対のものが似ているという逆説を、感情の実例で示します。怒りの果てに笑いが出て、喜びの果てに涙が出る。誰もが経験していることなので、逆説がすぐ腑に落ちます。円環の一周が同じ点に戻るような見方で、前に出てきた、乾坤の尽きる所が姤復の始まる所だという段と同じ構えです。強く反発している相手ほど、自分に似ているということでもあります。円環の一周は、同じ点に戻ってくるのです。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
逆説感情極まり循環相似
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