呻吟語 / 内篇・修身・禮は君子の身を敬する所以
夫禮非徒親人,乃君子之所以自愛也;非徒尊人,乃君子之所以敬身也。
新字:夫礼非徒親人,乃君子之所以自愛也;非徒尊人,乃君子之所以敬身也。
書き下し
夫れ禮は徒だ人に親しむのみに非ず、乃ち君子の自ら愛する所以なり。徒だ人を尊ぶのみに非ず、乃ち君子の身を敬する所以なり。
現代語訳
礼は、ただ人と親しむためのものではなく、君子が自分を大切にする手立てです。ただ人を尊ぶためのものではなく、君子が自分の身を敬う手立てです。
解説
礼を、相手のためのものから自分のためのものへ裏返します。丁寧に振る舞うのは相手を立てるためだと思われがちですが、それは同時に自分を粗末にしないことでもある。乱れた振る舞いをすれば、傷つくのはまず自分だからです。礼を負担ではなく自愛として説明することで、守る理由が内側に移ります。短い一段ですが、視点の転換が鮮やかです。
この章句が説くこと
礼自愛敬身視点作法
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