呻吟語 / 内篇・修身・一身怎ぞ一世の人を得可けんや
有人於此,精密者病其疏,靡綺者病其陋,繁縟者病其簡,謙恭者病其倨,委曲者病其直,無能可於一世之人,奈何?曰:一身怎可得一世之人,只自點檢吾身果如所病否?若以一身就眾口,孔子不能,即能之,成個甚麼人品?放君子以中道為從違,不以眾言為憂喜。
新字:有人於此,精密者病其疏,靡綺者病其陋,繁縟者病其簡,謙恭者病其倨,委曲者病其直,無能可於一世之人,奈何?曰:一身怎可得一世之人,只自点検吾身果如所病否?若以一身就眾口,孔子不能,即能之,成個甚麼人品?放君子以中道為従違,不以眾言為憂喜。
書き下し
人此に有り。精密なる者は其の疏を病とし、靡綺なる者は其の陋を病とし、繁縟なる者は其の簡を病とし、謙恭なる者は其の倨を病とし、委曲なる者は其の直を病とす。一世の人に可なる能き無し、奈何せん。曰く、一身怎ぞ一世の人を得可けんや。只だ自ら吾が身を點檢して果たして病む所の如きか否かを見よ。若し一身を以て眾口に就かば、孔子も能はず。故に君子は中道を以て從違と為し、眾言を以て憂喜と為さず。
現代語訳
ここに一人の人がいます。緻密な人はその粗さを難じ、飾りを好む人はその質素さを難じ、こまごました人はその簡素さを難じ、へりくだる人はその尊大さを難じ、遠回しな人はそのまっすぐさを難じます。世の中のすべての人に気に入られることはできません。どうすればよいでしょうか。答えて言う。一人の身がどうして世のすべての人に合わせられるでしょうか。ただ自分を点検して、難じられた通りかどうかを見ればよいのです。もし一身を大勢の口に合わせようとすれば、孔子でもできません。だから君子は中道を従うか従わないかの基準とし、大勢の言葉で憂えたり喜んだりしません。
解説
五人の批評者を並べると、それぞれが自分の型から相手を難じているだけだと分かります。緻密な人には粗く見え、飾る人には質素に見える。批評は批評者の性質を映すのです。ならば全員に合わせるのは不可能で、孔子でもできない。基準を大勢の口ではなく中道に置け、という結論になります。人の評価に振り回されないための、具体的な理屈です。
この章句が説くこと
批評多様基準中道振り回され
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『墨子』法儀然らば則ち奚を以て治法を為して可ならんか。當に皆な其の父母に法らば奚若ん。天下の父母為る者は衆けれども、仁なる者は寡し。若し皆な其の父母に法らば、此の法は不仁なり。法、不仁なれば、以て法と為す可からず。當に皆な其の學に法らば奚若ん。天下の學を為す者は衆けれども、仁なる者は寡し。若し皆な其の學に法らば、此の法は不仁なり。法、不仁なれば、以て法と為す可からず。當に皆な其の君に法らば奚若ん。天下の君為る者は衆けれども、仁なる者は寡し。若し皆な其の君に法らば、此の法は不仁なり。法、不仁なれば、以て法と為す可からず。故に父母・學・君の三者は、以て治法と為す可き莫し。
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『墨子』尚賢上是の故に古者、聖王の政を為すや言いて曰く、「義ならざれば富まさず、義ならざれば貴くせず、義ならざれば親しまず、義ならざれば近づけず」と。是を以て國の富貴の人、之を聞きて、皆な退きて謀りて曰く、「始め我が恃む所の者は富貴なり。今、上、義を舉ぐるに貧賤を辟けず。然らば則ち我れ義を為さざる可からず」と。親しき者、之を聞き、亦た退きて謀りて曰く、「始め我が恃む所の者は親なり。今、上、義を舉ぐるに親疎を辟けず。然らば則ち我れ義を為さざる可からず」と。近き者、之を聞き、亦た退きて謀りて曰く、「始め我が恃む所の者は近なり。今、上、義を舉ぐるに近を辟けず。然らば則ち我れ義を為さざる可からず」と。逺き者、之を聞き、亦た退きて謀りて曰く、「始め我れ逺きを以て恃む無しと為す。今、上、義を舉ぐるに逺きを辟けず。然らば則ち我れ義を為さざる可からず」と。逺鄙郊外の臣、門庭の庶子、國中の衆、四鄙の氓人に逮び至るまで、之を聞きて皆な競いて義を為す。
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