呻吟語 / 内篇・修身・勁爽爽、立錚錚
既做人在世間,便要勁爽爽、立錚錚的。若如春蚓秋蛇,風花雨絮,一生靠人作骨,恰似世上多了這個人。
書き下し
既に人と做りて世間に在らば、便ち勁爽爽、立錚錚たるを要す。若し春蚓秋蛇、風花雨絮の如く、一生人に靠りて骨と作さば、恰も世上に這個の人を多くするに似たり。
現代語訳
すでに人としてこの世にいるなら、張りがあってさっぱりと、まっすぐ立って澄んだ音を立てるようでありたい。もし春のみみずや秋の蛇、風に舞う花や雨に散る綿のように、一生誰かに寄りかかって骨の代わりにするなら、それは世の中にこの人が一人余計にいるというだけのことです。
解説
自分の骨で立たない人を、世の中に一人余計にいるだけだと言い切ります。みみず、蛇、花びら、綿。いずれも自分では形を保てないものばかりを並べ、他人を骨にして生きる姿を描きました。勁爽爽、立錚錚という音の響きも力強く、この書の中でもとりわけ張りのある一段になっています。寄りかかる相手がいるうちは、その形は自分のものではありません。自分の骨で立って初めて、この世に一人加わったことになるのです。
この章句が説くこと
自立気骨依存張り存在
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