呻吟語 / 内篇・修身・小しく屈して大いに伸ぶるを求めず
小屈以求大伸,聖賢不為。吾道必大行之日然後見,便是抱關擊柝,自有不可枉之道。松柏生來便直,士君子窮居便正。若曰在下位、遇難事姑韜光忍恥,以圖他日貴達之時,然後直躬行道,此不但出處為兩截人,即既仕之後,又為兩截人矣。又安知大任到手不放過耶?
新字:小屈以求大伸,聖賢不為。吾道必大行之日然後見,便是抱関擊柝,自有不可枉之道。松柏生来便直,士君子窮居便正。若曰在下位、遇難事姑韜光忍恥,以図他日貴達之時,然後直躬行道,此不但出処為両截人,即既仕之後,又為両截人矣。又安知大任到手不放過耶?
書き下し
小しく屈して以て大いに伸ぶるを求むるは、聖賢は為さず。吾が道必ず大いに行はるるの日にして然る後に見るとせば、便ち是れ關を抱き柝を擊つも、自ら枉ぐ可からざるの道有り。松柏は生まれ來たりて便ち直く、士君子は窮居して便ち正し。若し下位に在り難事に遇はば姑く光を韜み恥を忍び、以て他日貴達の時を圖り、然る後に躬を直くして道を行はんと曰はば、此れ但だ出處の兩截の人と為るのみならず、即ち既に仕へての後も、又た兩截の人と為らん。
現代語訳
少し身を屈めて大きく伸びようとするのは、聖賢のすることではありません。自分の道は大きく行われる日が来て初めて現れるのだと言うなら、門番をして拍子木を打つ身であっても、曲げられない道があるはずです。松や柏は生えた時からまっすぐで、士君子は貧しく暮らしていてもまっすぐです。もし下の位にいて難しい事に遭えばしばらく光を隠し恥を忍び、後日出世した時に身を正して道を行おうと言うなら、それは出処進退で二つに割れた人になるだけでなく、仕えた後もやはり二つに割れた人になります。
解説
今は我慢して、いつか立派にやる。この考え方を正面から否定します。松が生えた時からまっすぐであるように、地位に関わらず今まっすぐであれ、と。そして鋭いのが最後の推論で、屈める癖のついた人は、出世した後も屈めるというのです。時期を待つのではなく、今その人であるかどうか。両截の人という言葉が重く響きます。
この章句が説くこと
節操屈伸時期一貫両截
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