呻吟語 / 内篇・存心・一刻も心腔子の裡に在らざれば、便ち是れ空軀殼
士君子作人,事事時時只要個用心。一事不從心中出,便是亂舉動;一刻心不在腔子裡,便是空軀殼。
新字:士君子作人,事事時時只要個用心。一事不従心中出,便是乱舉動;一刻心不在腔子裡,便是空軀殼。
書き下し
士君子の人と作る、事事時時只だ個の心を用ふるを要す。一事も心中より出でざれば、便ち是れ亂りに舉動するなり。一刻も心腔子の裡に在らざれば、便ち是れ空軀殼なり。
現代語訳
立派な人物として生きるには、事ごと時ごとにただ心を用いることが必要です。一つの事でも心から出ていなければ、それはみだりに動いているだけです。一刻でも心が胸の内になければ、それは空っぽの体にすぎません。
解説
心を用いることが、生き方の全条件として置かれます。そして二つの失敗が名づけられる。心から出ていない行いは乱りな動き、心が胸にない時間は空っぽの体。行動と存在の両面から、心の不在が指摘されます。腔子という語は宋学以来の言い方で、心のあるべき場所を指します。忙しく動いていても中身が無い状態を、簡潔に言い当てた一段です。
この章句が説くこと
用心乱挙動空殻不在腔子
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