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呻吟語 / 内篇・修身・人と作るは神龍の如くなるを要す

作人要如神龍,屈伸變化,自得自如,不可為勢利術數所拘縛。若羈絆隨人,不能自決,只是個牛羊。然亦不可嘵嘵悻悻。故大智上哲看得幾事分明,外面要無跡無言,胸中要獨往獨來,怎被機械人駕馭得?

新字:作人要如神竜,屈伸変化,自得自如,不可為勢利術数所拘縛。若羈絆随人,不能自決,只是個牛羊。然亦不可嘵嘵悻悻。故大智上哲看得幾事分明,外面要無跡無言,胸中要独往独来,怎被機械人駕馭得?

書き下し

人と作るは神龍の如くなるを要す。屈伸變化、自得自如にして、勢利術數の為に拘縛す可からず。若し羈絆して人に隨ひ、自ら決する能はざれば、只だ是れ個の牛羊なり。然れども亦た嘵嘵悻悻たる可からず。故に大智上哲は幾事を看得ること分明なるも、外面は跡無く言無きを要し、胸中は獨り往き獨り來たるを要す。怎ぞ機械の人に駕馭せられ得んや。

現代語訳

人としては神龍のようでありたい。屈み伸び変化して、自在に自分を得ていて、権勢や利や小細工に縛られない。もし引き綱をつけられて人に従い、自分で決められないなら、それは牛や羊にすぎません。ただし、やかましく怒り立つのもいけません。だから大きな智恵を持つ者は、物事の兆しをはっきり見ていながら、外には跡も言葉も残さず、胸の内では独りで行き独りで帰ります。どうして小細工をする者に乗りこなされるでしょうか。

解説

自在であれという話ですが、二重の但し書きがついています。人に引かれるなという第一の但し書きと、やかましく怒るなという第二の但し書きです。強く出るのも従うのも、どちらも自在ではないということです。見えているのに跡も言葉も残さず、内側では自由に動く。前に出てきた、暗い側から明るい側を照らすという段と同じ構えになっています。

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