呻吟語 / 内篇・修身・身を保つ底は德義
保身底是德義,害身底是才能。德義中之才能,嗚呼!免矣。
新字:保身底是徳義,害身底是才能。徳義中之才能,嗚呼!免矣。
書き下し
身を保つ底は是れ德義なり、身を害する底は是れ才能なり。德義中の才能、嗚呼、免れたり。
現代語訳
身を保つものは徳と義であり、身を害するものは才能です。徳と義の中にある才能であれば、ああ、危うさを免れています。
解説
才能を害の側に置くのは、前にも出てきた見方です。ここでは対策まで示されていて、徳と義の中に収まった才能なら害にならないと言います。才能そのものを捨てるのではなく、置き場所を変えるということです。嗚呼免れたりという感嘆の言い方に、危うい所を通り抜けた者の安堵がにじんでいます。才能を捨てるのではなく、置き場所を変えよという処方です。裸のまま振り回せば人を傷つけ、自分にも返ってくるということでしょう。
この章句が説くこと
才能徳義保身危険収める
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