呻吟語 / 内篇・修身・心に留言無く、言に擇人無し
心無留言,言無擇人,雖露肺肝,君子不取也。彼固自以為光明矣,君子何嘗不光明?自不輕言,言則心口如一耳。
新字:心無留言,言無択人,雖露肺肝,君子不取也。彼固自以為光明矣,君子何嘗不光明?自不軽言,言則心口如一耳。
書き下し
心に留言無く、言に擇人無く、肺肝を露はすと雖も、君子は取らざるなり。彼は固より自ら以て光明と為す。君子何ぞ嘗て光明ならざらん。自ら輕がるしく言はず、言へば則ち心口一の如きのみ。
現代語訳
心に留めておく言葉が無く、言う相手を選ばず、肝まで見せるようであっても、君子はそれを取りません。当人は自分を明るく開けていると思っています。君子だとていつ明るくなかったでしょうか。ただ軽々しく言わず、言うときには心と口が一つであるというだけです。
解説
何でも打ち明ける率直さを、明るさとは認めません。取り繕いが無いのは確かですが、相手を選ばずに全部出すのは、単に区別ができていないだけだからです。そして君子の明るさが定義されます。軽々しく言わないこと、言うときは心と口が一致していること。二つ揃って初めて明るいのであり、量の多さは関係がないという整理です。
この章句が説くこと
率直開示相手心口一致明るさ
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