呻吟語 / 内篇・修身・心事は青天白日の如し
率真者無心過,殊多躁言輕舉之失;慎密者無口過,不免厚貌深情之累。心事如青天白日,言動如履薄臨深,其惟君子乎?
新字:率真者無心過,殊多躁言軽舉之失;慎密者無口過,不免厚貌深情之累。心事如青天白日,言動如履薄臨深,其惟君子乎?
書き下し
率真なる者は心過無きも、殊に躁言輕舉の失多し。慎密なる者は口過無きも、厚貌深情の累を免れず。心事は青天白日の如く、言動は薄きを履み深きに臨むが如し。其れ惟だ君子か。
現代語訳
素直な人は心に過ちがありませんが、軽はずみな言葉や行いの失敗がとても多いものです。慎重な人は口に過ちがありませんが、厚い表情と深い情に隠れるという煩わしさを免れません。心の内は青空に輝く太陽のようであり、言葉と行いは薄氷を踏み深い淵に臨むようである。それこそが君子でしょう。
解説
素直さと慎重さの、それぞれの弱点を先に挙げます。素直な人は口が軽く、慎重な人は腹が読めない。そのうえで両方の長所を取った形を示します。心は隠さず明るく、言動だけは慎重に。二つを別の場所に割り当てたのが要点で、慎重さを心の内に入れると腹黒くなり、素直さを言動に出すと軽くなる。どちらをどこに置くかという配置の問題として整理されています。
この章句が説くこと
率直慎重君子言動腹
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