呻吟語 / 内篇・存心・君子の口中に慣語無し
君子口中無慣語,存心故也。故曰:「修辭立其誠。」不誠,何以修辭?
新字:君子口中無慣語,存心故也。故曰:「修辞立其誠。」不誠,何以修辞?
書き下し
君子の口中に慣語無きは、存心の故なり。故に曰く、「辭を修めて其の誠を立つ」と。誠ならずんば、何を以て辭を修めんや。
現代語訳
君子の口に口ぐせがないのは、心を保っているからです。ですから、言葉を整えてその誠を立てる、と言うのです。誠でなければ、何によって言葉を整えるのでしょうか。
解説
口ぐせの有無が、心の状態の目印として使われます。決まり文句が口をついて出るのは、そのとき心がそこにいないからだ、と。易経の修辞立誠が引かれ、言葉を整えることと誠を立てることが同じ一つの作業だと示されます。そして逆から念を押される。誠がなければ、整える手がかりそのものが無い。言葉遣いを人柄の表面ではなく、心の状態の現れとして見る一段です。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
慣語存心修辞誠言葉
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