呻吟語 / 内篇・修身・終日帝城の裡、五侯の門を識らず
權貴之門,雖係通家知已,也須見面稀、行蹤少就好。嘗愛唐詩有「終日帝城裡,不識五侯門」之句,可為新進之法。
新字:権貴之門,雖係通家知已,也須見面稀、行蹤少就好。嘗愛唐詩有「終日帝城裡,不識五侯門」之句,可為新進之法。
書き下し
權貴の門は、通家知已に係ると雖も、也た須らく面を見ること稀に、行蹤少なくして就ち好かるべし。嘗て唐詩に「終日帝城の裡、五侯の門を識らず」の句有るを愛す。新進の法と為す可し。
現代語訳
権勢ある家の門は、たとえ家ぐるみの知己であっても、顔を出すのは稀に、足跡は少なくしておくのがよいものです。かつて唐の詩に、都の中に一日中いながら権門の門を知らない、という句があるのを好みました。新しく官に就いた者の手本にできます。
解説
権門との付き合い方を、稀に、少なくと具体的に指示します。親しい間柄でも例外にしないところが要点で、親しいからこそ通いやすく、通えば疑われるからです。そして唐詩の一句を引いて、都にいながら権門を知らないという生き方を手本として挙げます。若手への実務的な助言であり、呂坤自身が官途を歩いた人の言葉として重みがあります。
この章句が説くこと
権門距離出入り疑い新任
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