呻吟語 / 内篇・修身・清議は律令より酷し
清議酷於律令,清議之人酷於治獄之吏。律令所冤,賴清議以明之,雖死猶生也;清議所冤,萬古無反案矣。是以君子不輕議人,懼冤之也。惟此事得罪於天甚重,報必及之。
新字:清議酷於律令,清議之人酷於治獄之吏。律令所冤,頼清議以明之,雖死猶生也;清議所冤,万古無反案矣。是以君子不軽議人,懼冤之也。惟此事得罪於天甚重,報必及之。
書き下し
清議は律令より酷し。清議の人は獄を治むるの吏より酷し。律令に冤せらるる所は、清議に賴りて以て之を明らかにす。死すと雖も猶ほ生けるがごとし。清議に冤せらるる所は、萬古反案無し。是を以て君子は輕がるしく人を議せず、之を冤するを懼るればなり。惟だ此の事天に罪を得ること甚だ重く、報い必ず之に及ぶ。
現代語訳
世間の批評は法令より酷く、批評する人は裁判の役人より酷いものです。法令によって冤罪を被った者は、世間の批評に頼って晴らすことができ、死んでもなお生きているようなものです。しかし世間の批評によって冤罪を被った者は、万古にわたって審理のやり直しがありません。だから君子は軽々しく人を批評しません。冤罪にすることを恐れるからです。この事だけは天に対する罪がきわめて重く、報いは必ず及びます。
解説
世評を法廷より恐ろしいものとして扱います。理由は再審が無いからで、法の冤罪は世論が晴らせても、世論の冤罪を晴らす場はどこにもない。四百年前の指摘ですが、今のほうがよく当てはまるでしょう。だから軽々しく人を評するなと言い、報いは必ず及ぶと結びます。前の段の、笑ってよい立場かを問う議論と同じ流れにある戒めです。
この章句が説くこと
世評批評冤罪不可逆慎み
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