呻吟語 / 内篇・修身・是處に笑ふは難し
世人皆知笑人,笑人不妨,笑到是處便難,到可以笑人時則更難。
新字:世人皆知笑人,笑人不妨,笑到是処便難,到可以笑人時則更難。
書き下し
世人皆な人を笑ふを知る。人を笑ふは妨げず。笑ひて是處に到るは便ち難し。人を笑ふ可き時に到るは則ち更に難し。
現代語訳
世の人はみな人を笑うことを知っています。人を笑うのは構いません。しかし笑って的を射るのは難しい。まして人を笑ってよい立場に立つのは、さらに難しいことです。
解説
人を笑うことを二段階で難しくします。まず、その笑いが的を射ているかどうか。次に、自分がそれを笑える立場にあるかどうか。ほとんどの批評は第一段で外し、通っても第二段で失格になります。笑うこと自体は禁じていないので説教臭がなく、しかし二つの関門を置かれると笑いにくくなる。実に上手な封じ方の一段です。笑う前に、二つの関門を思い出せということです。
この章句が説くこと
批評笑い資格的中自省
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