呻吟語 / 内篇・修身・人人各おの一句有り
人人各有一句終身用之不盡者,但在存心著力耳。或問之,曰:「只是對症之藥便是。如子張只消得『存誠』二字,宰我只消得『警惰』二字,子路只消得『擇善』二字,子夏只消得『見大』二字。」
新字:人人各有一句終身用之不尽者,但在存心著力耳。或問之,曰:「只是対症之薬便是。如子張只消得『存誠』二字,宰我只消得『警惰』二字,子路只消得『択善』二字,子夏只消得『見大』二字。」
書き下し
人人各おの一句の終身之を用ひて盡きざる者有り。但だ心を存し力を著くるに在るのみ。或るひと之を問ふ。曰く、「只だ是れ症に對するの藥、便ち是れなり。子張の如きは只だ『存誠』の二字を消得し、宰我は只だ『警惰』の二字を消得し、子路は只だ『擇善』の二字を消得し、子夏は只だ『見大』の二字を消得す」と。
現代語訳
人にはそれぞれ、一生使っても使い切れない一句があります。ただ心に留め、力を入れるかどうかです。ある人が尋ねました。答えて言う。ただその症状に合った薬、それがそれです。子張なら誠を存するの二字で足り、宰我なら怠りを警めるの二字で足り、子路なら善を択ぶの二字で足り、子夏なら大を見るの二字で足ります。
解説
万人向けの教訓ではなく、その人の症状に合った一句を持てという一段です。孔子の弟子四人に、それぞれ違う二字を処方してみせるのが具体的で分かりやすい。誠、怠りへの警め、善の選択、大局。四人とも欠点が違うので薬も違います。自分の一句を見つけることが、あらゆる修養書を読むことより効くという主張になっています。
この章句が説くこと
処方個別一句欠点修養
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