呻吟語 / 内篇・修身・善を取りて用ひず
取善而不用,依舊是尋常人,何貴於取?譬之八珍方丈而不下箸,依然餓死耳。
新字:取善而不用,依旧是尋常人,何貴於取?譬之八珍方丈而不下箸,依然餓死耳。
書き下し
善を取りて用ひざれば、依舊として是れ尋常の人なり。何ぞ取るを貴ばん。之を譬ふれば八珍方丈にして箸を下さざれば、依然として餓死するのみ。
現代語訳
善い言葉を取り入れても使わなければ、相変わらず並の人です。取り入れることに何の値打ちがあるでしょうか。たとえれば、八つの珍味を一丈四方に並べても箸をつけなければ、そのまま餓死するだけです。
解説
前の段で、誰の言葉でも良ければ取れと説いた直後に、取るだけでは無意味だと続けます。並べた御馳走に箸をつけなければ餓死するという比喩が痛烈で、集めることと食べることの違いを一撃で示します。本を読み、話を聞き、良い言葉を集めて満足してしまう癖への批評です。取り入れる段と使う段を、はっきり二つに分けた一段になっています。
この章句が説くこと
実行知識取り入れ無用実践
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