墨子 / 天志下
則夫好攻伐之君,不知此為不仁義,以告四隣諸侯曰:「吾攻國、覆軍、殺將若干人矣。」其隣國之君亦不知此為不仁義也,有具其皮幣,發其綛處,使人饗賀焉。則夫好攻伐之君有重不知此為不仁不義也,有書之竹帛,蔵之府庫。為人後子者,必且欲順其先君之行,曰:「何不當發吾庫,視吾先君之法未必不曰文武之為政者若此矣,曰:「吾攻國、覆軍、殺將若干人矣。」則夫好攻伐之君不知此為不仁不義也,其隣國之君不知此為不仁不義也,是以攻伐世世而不已者。此吾所謂大物則不知也。
新字:則夫好攻伐之君,不知此為不仁義,以告四隣諸侯曰:「吾攻国、覆軍、殺将若干人矣。」其隣国之君亦不知此為不仁義也,有具其皮幣,発其綛処,使人饗賀焉。則夫好攻伐之君有重不知此為不仁不義也,有書之竹帛,蔵之府庫。為人後子者,必且欲順其先君之行,曰:「何不当発吾庫,視吾先君之法未必不曰文武之為政者若此矣,曰:「吾攻国、覆軍、殺将若干人矣。」則夫好攻伐之君不知此為不仁不義也,其隣国之君不知此為不仁不義也,是以攻伐世世而不已者。此吾所謂大物則不知也。
書き下し
則ち夫の攻伐を好むの君、此の不仁義為るを知らず、以て四隣の諸侯に告げて曰く、「吾れ國を攻め、軍を覆し、將を殺すこと若干人なり」と。其の隣國の君も亦た此の不仁義為るを知らざるなり。其の皮幣を具え、其の綛處を發し、人をして饗賀せしむること有り。則ち夫の攻伐を好むの君、重ねて此の不仁不義為るを知らざること有り。之を竹帛に書し、之を府庫に蔵むこと有り。人の後子と為る者は、必ず且つ其の先君の行いに順わんと欲して曰く、「何ぞ吾が庫を發きて、吾が先君の法を視ざる」と。未だ必ずしも文武の政を為すや此くの若しと曰わざらんや。曰く、「吾れ國を攻め、軍を覆し、將を殺すこと若干人なり」と。則ち夫の攻伐を好むの君、此の不仁不義為るを知らず、其の隣國の君も此の不仁不義為るを知らず。是を以て攻伐、世世にして已まざるなり。此れ吾が謂う所の大物には則ち知らざるなり。
現代語訳
その攻め伐つことを好む君は、これが不仁不義だと知らず、近隣の諸侯に告げてこう言う。「私は国を攻め、軍を覆し、将を殺すこと何人である」。その隣国の君もまた、これが不仁不義だと知らない。毛皮や絹の贈り物を用意し、蔵を開いて、人をやって祝賀させる。その攻め伐つことを好む君は、これが不仁不義だと重ねて知らない。それを竹簡と絹布に書き、蔵に収める。後を継ぐ子は、必ず先君の行いに従おうとしてこう言う。「なぜ我が蔵を開いて先君のやり方を見ないのか」。そして必ず、文王と武王の政治もこうだったと言うだろう。「私は国を攻め、軍を覆し、将を殺すこと何人である」と。その攻め伐つことを好む君も、隣国の君も、これが不仁不義だと知らない。だから攻め伐つことが代々やまない。これが私のいう、大きなことについては分かっていない、ということである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『春秋左氏伝』昭公二十一年 干犨、死を請う城之を射て、殪(たふ)す。張匄殳を抽きて下る。之を射て、股を折る。扶伏して之を擊ち、軫を折る。又之を射て、死す。干犨一矢を請ふ。城曰く、「余汝を君に言はん」と。對へて曰く、「伍乘に死せざるは、軍の大刑なり。刑を干して子に從ふとも、君焉んぞ之を用ゐん。子速やかにせよ」と。乃ち之を射て、殪す。大いに華氏を敗り、諸を南里に圍む。華亥膺を搏ちて呼び、華貙に見えて曰く、「吾欒氏と為れり」と。貙曰く、「子我を迋(おど)す無かれ。不幸にして後に亡げん」と。華登をして楚に如きて師を乞はしむ。華貙車十五乘・徒七十人を以って、師を犯して出で、睢上に食し、哭して之を送り、乃ち復た入る。楚の薳越師を帥ゐて、將に華氏を逆へんとす。大宰犯諫めて曰く、「諸侯唯だ宋のみ其の君に事ふ。今又國を爭ふ。君を釋てて臣を是れ助くるは、乃ち不可なる無からんや」と。王曰く、「而(なんぢ)我に告ぐるや、後れたり。既に之を許せり」と。
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『呻吟語』内篇・修身・兩條の路のみ君子の持循する所は、只だ兩條の路有るのみ。先聖の成規に非ざれば、則ち時王の定制なり。此の外は悉く邪なり、俗なり。君子は由らず。
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『武士道』第一章 武士道の倫理系・喧嘩なら堂々とやれかくて彼等は多大の名誉と特権との寵遇を受くると共に、又た多大の責任あるを自覚し、乃ち各自の態度行為を律すべき規準法度を要とするに至れり。いわんや彼等の干戈を交へ、矢石の間に見ゆるを常とせしより、其要を感ずること、更に深甚なるものありしをや。たとへば医士が其徳義たる医戒を守りて、競争に制限を置き、状師もし同業の徳義を破らんか、自から名誉の法廷に被告たらざるべからざるが如く、武士にして、もし悖徳不義の行跡を敢てするものあらば、之に対して必ずや最後の制裁を下すべき権能を欠くべからざるものなりとしたり。喧嘩なら堂々とやれ。此の蛮野幼稚なる原始的観念の裡、大に壮剛なる道義の萌芽を含み、且つ凡て文徳武徳の根帯を成すものにあらざるなきか。
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『春秋左氏伝』文公十八年 莒僕を逐う莒の紀公、大子僕を生み、又季佗を生む。季佗を愛して僕を黜け、且つ多く無禮を國に行ふ。僕國人に因りて以って紀公を弒し、其の寶玉を以って來奔し、諸を宣公に納る。公命じて之に邑を與へしめて曰く、「今日必ず授けよ」と。季文子司寇をして諸を竟に出ださしめて曰く、「今日必ず達せよ」と。公其の故を問ふ。季文子大史克をして對へしめて曰く、「先大夫臧文仲、行父に君に事ふるの禮を教ふ。行父奉じて以って周旋し、敢へて失隊せず。曰く、『其の君に禮有る者を見ては之に事ふること、孝子の父母を養ふが如くせよ。其の君に禮無き者を見ては之を誅すること、鷹鸇(ようせん)の鳥雀を逐ふが如くせよ』と。先君周公周禮を制して曰く、『則は以って德を觀、德は以って事に處し、事は以って功を度り、功は以って民に食(し)ましむ』と。誓命を作りて曰く、『則を毀つを賊と為し、賊を掩ふを藏と為し、賄を竊むを盜と為し、器を盜むを姦と為す。藏の名を主とし、姦の用に賴るは、大凶德為り、常有りて赦す無く、九刑に在りて忘れず』と。行父還(めぐ)りて莒僕を觀るに、則とす可き莫きなり。孝敬忠信を吉德と為し、盜賊藏姦を凶德と為す。夫れ莒僕、則ち其の孝敬は、則ち君父を弒せり。則ち其の忠信は、則ち寶玉を竊めり。其の人は、則ち盜賊なり。其の器は、則ち姦兆なり。保ちて之を利とすれば、則ち藏を主とするなり。以って訓ふれば則ち昏く、民則とする無し。善に度らずして、皆凶德に在り、是を以って之を去る。
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『呻吟語』内篇・修身・微端の開く可からず禮義の大防は、眾人一念の苟に壞る。譬へば徑に由るの人の如し。只だ一時の倦みの為に行くこと幾步、便ち平地に一條の蹊徑を踏み破る。後來の人舊跡を跟尋し、踵ぎて塞ぐ可からざるの大道と成る。是を以て君子は眾人の驚く所の事に當たりても略ぼ動容せず、才かに禮義上に些須を干礙すれば、便ち愕然として色を變ずること、大刑憲に觸るるが若くす。大防の潰す可からずして、微端の開く可からざるを懼るればなり。
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