論語 / 子罕篇
子罕言利與命與仁。
新字:子罕言利与命与仁。
書き下し
子、罕に利と命と仁とを言う。
現代語訳
先生は、利益と天命と仁については、めったに語らなかった。
解説
孔子が語らなかったものの記録である。利は損得、命は天の定め、仁は最高の徳。三つとも重要でありながら、めったに口にしなかった。理由はそれぞれ違うだろう。利は語れば人がそちらへ動く。命は語っても検証できない。仁は語るほど軽くなる。共通しているのは、言葉にすることで実質が損なわれる主題だという点である。組織を率いる立場の人にも、同じ選別が要る。数字を語れば数字だけが追われ、理念を語りすぎれば理念が飾りになる。大事なものほど、口数を減らしたほうが効くことがある。孔子はまったく語らなかったわけではない。稀に語った。だから語られたときの一言が重かった。頻度を落とすことが、そのまま言葉の重みの設計になっている。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
寡黙利命仁言葉の重み
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