呻吟語 / 内篇・修身・死して聞こゆる無きを悲しむ可し
貧不足羞,可羞是貧而無志;賤不足惡,可惡是賤而無能;老不足歎,可歎是老而虛生;死不足悲,可悲是死而無聞。
新字:貧不足羞,可羞是貧而無志;賤不足悪,可悪是賤而無能;老不足嘆,可嘆是老而虚生;死不足悲,可悲是死而無聞。
書き下し
貧は羞づるに足らず、羞づ可きは是れ貧にして志無きなり。賤は惡むに足らず、惡む可きは是れ賤にして能無きなり。老は歎ずるに足らず、歎ず可きは是れ老いて虛しく生くるなり。死は悲しむに足らず、悲しむ可きは是れ死して聞こゆる無きなり。
現代語訳
貧しさは恥じるに足りません。恥じるべきは、貧しくて志が無いことです。賤しさは憎むに足りません。憎むべきは、賤しくて能が無いことです。老いは嘆くに足りません。嘆くべきは、老いて空しく生きていることです。死は悲しむに足りません。悲しむべきは、死んで何も聞こえてこないことです。
解説
貧、賤、老、死という四つの避けがたいものを並べ、そのどれも問題ではないと言います。問題はそこに志、能、中身、名が伴っていないことだ、と。境遇ではなく中身に目を向け直させる構成が明快で、対句を四つ重ねることで覚えやすくもなっています。呻吟語の中でもよく引かれる一段で、状況を嘆く言葉を、自分への問いに変える働きを持っています。
この章句が説くこと
貧賤老死志能中身
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