呻吟語 / 内篇・修身・十分に一分を用ひ得ず
真正受用處,十分用不得一分,那九分都無些干係。而拼死忘生、忍辱動氣以求之者,皆九分也,何術悟得他醒?可笑可歎!
新字:真正受用処,十分用不得一分,那九分都無些干係。而拼死忘生、忍辱動気以求之者,皆九分也,何術悟得他醒?可笑可嘆!
書き下し
真正の受用の處は、十分に一分を用ひ得ず、那の九分は都て些かの干係無し。而るに死を拚ち生を忘れ、辱を忍び氣を動かして以て之を求むる者は、皆な九分なり。何の術ありてか他を悟り醒ましめ得ん。笑ふ可く歎ず可し。
現代語訳
本当に使える所は、十のうち一分も使えず、残りの九分はまるで関わりがありません。それなのに命を投げ出し、恥を忍び、気を立てて求めているものは、みなその九分のほうです。どんな手立てがあれば、目を覚まさせられるのでしょうか。笑うべきであり、嘆くべきことです。
解説
実際に使うものはごくわずかで、残りは要らない。その要らない側のために人は命まで削っていると言います。家も服も道具も、実際に使う部分はわずかです。それでも人は余分のほうを求めて争う。笑うべきであり嘆くべきという結びに、どうにもならないという諦めがにじみます。持ち物を見直すときの、静かで強い問いかけになっています。
この章句が説くこと
必要余分所有欲目覚め
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