呻吟語 / 内篇・修身・義・命・法の三つ
義、命、法,此三者,君子之所以定身,而眾人之所妄念者也。從妄念而巧邪,圖以幸其私,君子恥之。夫義不當為,命不能為,法不敢為,雖欲強之,豈惟無獲,所喪多矣。即獲亦非福也。
新字:義、命、法,此三者,君子之所以定身,而衆人之所妄念者也。従妄念而巧邪,図以幸其私,君子恥之。夫義不当為,命不能為,法不敢為,雖欲強之,豈惟無獲,所喪多矣。即獲亦非福也。
書き下し
義・命・法、此の三つの者は、君子の身を定むる所以にして、眾人の妄念する所の者なり。妄念に從ひて邪を巧みにし、圖りて以て其の私を幸はんとするは、君子之を恥づ。夫れ義は當に為すべからず、命は為す能はず、法は敢へて為さず。之を強ひんと欲すと雖も、豈に惟だ獲る無きのみならんや、喪ふ所多し。即ひ獲るも亦た福に非ざるなり。
現代語訳
義と命と法。この三つは、君子が身を定める拠り所であり、常人が無理な望みをかける相手です。無理な望みのままに邪な工夫をこらし、自分の私利を得ようと図るのを、君子は恥じます。義の上でしてはならず、命の上でできず、法の上で敢えてしない。それを無理に押し通そうとしても、得られないだけでなく、失うもののほうが多い。たとえ得られたとしても、それは福ではありません。
解説
してはならない理由を三つに分けます。義の上で許されない、命の上で届かない、法の上で踏み込めない。この三つが身を定める杭になります。無理に押し通せば、得られない上に失うものが多く、得られたとしても福ではないと言い添える点も念入りです。できない理由を三種類に整理しておくと、諦めるべきものと工夫すべきものの区別がつきます。何でも努力で解決しようとする姿勢に、静かに線を引いた一段です。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
義命法分別諦め
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