呻吟語 / 内篇・修身・貴ぶ所は人と作りて好きに在り
學欲博,技欲工,難說不是一長,總較作人只是夠了便止。學如班、馬,字如鍾、王,文如曹、劉,詩如李;杜,錚錚千古知名,只是個小藝習,所貴在作人好。
新字:学欲博,技欲工,難説不是一長,総較作人只是夠了便止。学如班、馬,字如鍾、王,文如曹、劉,詩如李;杜,錚錚千古知名,只是個小芸習,所貴在作人好。
書き下し
學は博きを欲し、技は工みなるを欲す。是れ一長に非ずと說き難し。總て人と作るを較ぶるに只だ是れ夠らば便ち止む。學は班・馬の如く、字は鍾・王の如く、文は曹・劉の如く、詩は李・杜の如く、錚錚として千古名を知らるるも、只だ是れ個の小さき藝習なり。貴ぶ所は人と作りて好きに在り。
現代語訳
学問は広くありたく、技は巧みでありたい。それが一つの長所でないとは言えません。ただ人としてのあり方と比べれば、足りればそこで止めてよいものです。学問が班固や司馬遷のようで、字が鍾繇や王羲之のようで、文が曹植や劉楨のようで、詩が李白や杜甫のようで、千年名を残したとしても、それは小さな技芸です。貴いのは、人として善いということにあります。
解説
歴史に残る名人の名を並べたうえで、それでも小さな技芸だと切り捨てます。学問も書も文も詩も、足りればそこで止めてよい。順位をはっきりつけているので誤解の余地がありません。ただし技芸を否定しているわけではなく、上限を設けているだけです。腕を磨くことに人生を注ぎ込む前に、何のためかを問えという一段になっています。
この章句が説くこと
技芸人柄順位学問上限
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