呻吟語 / 内篇・修身・明理省事の四字
「明理省事」甚難,此四字終身理會不盡,得了時,無往而不裕如。
新字:「明理省事」甚難,此四字終身理会不尽,得了時,無往而不裕如。
書き下し
「明理省事」は甚だ難し。此の四字は終身理會し盡くさず。了る時を得ば、往くとして裕如ならざる無し。
現代語訳
理を明らかにし、事を省くというのは、実に難しいことです。この四文字は一生かかっても会得しきれません。もし会得できたなら、どこへ行ってもゆったりと構えていられます。
解説
理を明らかにするのと、事を省くのは、ひと続きの手順です。筋が見えていないから、あれもこれも必要に思えて仕事が増える。筋が見えれば減らせます。だから省事は、横着ではなく理解の結果です。一生かかっても会得しきれないと言いながら、会得すればどこでもゆったりできると添える。長い道のりの先にある楽を示した一段です。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
明理省事簡素余裕理解
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