呻吟語 / 内篇・修身・名を愛し節を惜しむ
孟子看鄉黨自好看得甚卑。近年看鄉黨人自好底不多。愛名惜節,自好之謂也。
新字:孟子看郷党自好看得甚卑。近年看郷党人自好底不多。愛名惜節,自好之謂也。
書き下し
孟子の鄉黨の自ら好むを看るは、看得ること甚だ卑し。近年鄉黨の人の自ら好む底を看るに多からず。名を愛し節を惜しむ、自ら好むの謂ひなり。
現代語訳
孟子が村里の自分を大切にする者を見る目は、とても低いものでした。しかし近年、村里の人で自分を大切にしている者を見ると、多くはありません。名を愛し節を惜しむ、これが自分を大切にするということです。
解説
孟子は自分の評判を守るだけの人を低く見ました。呂坤はそれを認めつつ、今はその程度の人さえ少ないと言います。理想の水準から人を測るのではなく、今いる場所から一段上を示す現実感覚です。そして自分を大切にするとは、名を愛し節を惜しむことだと定義し直します。低い水準を認めることが、実は人を動かす助けになるという配慮も読み取れます。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
自愛評判節操水準現実
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