呻吟語 / 内篇・談道・氣は即ち是れ理なり
宇宙內主張萬物底只是一塊氣,氣即是理。理者,氣之自然者也。
新字:宇宙内主張万物底只是一塊気,気即是理。理者,気之自然者也。
書き下し
宇宙の內、萬物を主張する底は只だ是れ一塊の氣なり。氣は即ち是れ理なり。理なる者は、氣の自然なる者なり。
現代語訳
宇宙の内で万物を取り仕切っているのは、ただ一かたまりの気です。気がそのまま理です。理というのは、気が自然にそうなっているありようのことです。
解説
理と気を二つに分ける当時の主流に対し、呂坤は理は気のありようだと言い切ります。気の外に理という別物があるのではない。この立場を取ると、道理は現実から離れた場所に置けなくなります。理想を現実の上に掲げて裁くのではなく、現実の動き方の中に道理を読むことになる。呻吟語が観念的にならない理由の一つが、この短い一段にあります。
この章句が説くこと
気理自然現実宇宙
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『呻吟語』内篇・談道・理一にして氣・勢・利は三なり先天は、理のみ。後天は、氣のみ。天下は、勢のみ。人情は、利のみ。理は一にして、氣・勢・利は三なり。勝負知る可し。
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『呻吟語』外篇・品藻・惟だ其の理のみ勢の為す可からずして猶ほ之を為す者有るは、惟だ其の理のみ。此を知らば則ち三仁は五臣と事功を比す可く、孔子は堯・舜と政治を較ぶ可し。
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『呻吟語』内篇・應務・理を推して是れ視る時勢を以て理を低昂する者は、眾人なり。理を以て時勢を低昂する者は、賢人なり。理を推して是れ視、低昂する所無き者は、聖人なり。
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『呻吟語』内篇・應務・理を貶せず、又た人を駭かさず君子の事に處するに真見有るも、遽かに行はざるなり。又た眾見を驗し、眾情を察し、諸を理に協へて協ひ、諸を眾情・眾見に協へて協へば、則ち斷じて以て必ず行ふ。果たして理は當然にして、眾情・眾見の協はざるや、又た委曲して以て吾が理を行ふ。既に理を貶せず、又た人を駭かさず。此れを之れ理術と謂ふ。噫、惟だ聖人のみ之を能くす。獵較の類是れなり。
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