呻吟語 / 内篇・修身・渴睡漢に似るを怕る
作人怕似渴睡漢,才喚醒時睜眼若有知,旋復沉困,竟是寐中人。須如朝興櫛盥之後,神爽氣清,冷冷勁勁,方是真醒。
新字:作人怕似渴睡漢,才喚醒時睜眼若有知,旋復沈困,竟是寐中人。須如朝興櫛盥之後,神爽気清,冷冷勁勁,方是真醒。
書き下し
人と作りて渴睡漢に似るを怕る。才かに喚び醒ます時は眼を睜きて知る有るが若きも、旋た復た沉困す。竟に是れ寐中の人なり。須らく朝に興きて櫛盥の後、神爽やかに氣清く、冷冷勁勁たるが如くにして、方に是れ真の醒なり。
現代語訳
人として、眠たがりの男のようになるのを恐れます。呼び起こされた時は目を見開いて分かったような顔をしますが、すぐまた眠り込んでしまう。結局は寝ている人です。朝起きて髪を梳き顔を洗った後のように、精神が爽やかで気が澄み、冷えて張りがある。それでこそ本当に目覚めているのです。
解説
目覚めていることの基準を、はっきり示した一段です。声をかけられた時だけ目を開き、すぐ眠りに戻るのは、起きているとは言わない。本当の目覚めは、朝の身支度を終えた後の、冷えて張りのある状態だと言います。気づきを得ては元に戻る繰り返しに覚えのある人には、耳の痛い比喩でしょう。冷冷勁勁という四字が、その状態をよく言い当てています。
この章句が説くこと
覚醒惰性朝張り自覚
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