呻吟語 / 内篇・修身・自家の人品自家定めて幾分ぞ
只盡日點檢自家,發出念頭來,果是人心?果是道心?出言行事果是公正?果是私曲?自家人品自家定了幾分?何暇非笑人,又何敢喜人之譽己耶?
新字:只尽日点検自家,発出念頭来,果是人心?果是道心?出言行事果是公正?果是私曲?自家人品自家定了幾分?何暇非笑人,又何敢喜人之誉己耶?
書き下し
只だ盡日自家を點檢し、發出し來たる念頭は、果たして是れ人心なるか、果たして是れ道心なるか。言を出だし事を行ふは果たして是れ公正なるか、果たして是れ私曲なるか。自家の人品自家定めて幾分ぞ。何ぞ人を非笑するに暇あらん。又た何ぞ敢へて人の己を譽むるを喜ばんや。
現代語訳
ただ一日中自分を点検して、湧いてくる思いは本当に人心なのか、それとも道心なのか。口に出す言葉や行う事は本当に公正なのか、それとも私心のねじれなのか。自分の人柄を自分で採点して、何点になるでしょうか。人を笑っている暇などありません。まして人が自分を褒めるのを喜ぶ余裕などあるでしょうか。
解説
自分を点検するという習慣を、問いの形で並べます。思いは道心か人心か、言動は公正かねじれか。そして採点してみれば、人を笑う暇も、褒められて喜ぶ余裕も無いという結論になります。褒められて喜ぶ余裕が無いというところまで言うのが厳しく、他人の評価に反応する暇があるなら自分を見よ、という促しになっています。人の評価に反応する暇があるなら、自分を見よということです。

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点検道心公正自己評価他評
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