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呻吟語 / 内篇・修身・那個か是れ人、那個か是れ我

六合是我底六合,那個是人?我是六合底我,那個是我?

書き下し

六合は是れ我が底の六合なり、那個か是れ人ならん。我は是れ六合底の我なり、那個か是れ我ならん。

現代語訳

天地四方は私の天地四方です。どこに他人がいるでしょうか。私は天地四方のうちの私です。どこに私がいるでしょうか。

解説

修身篇の冒頭に置かれた一段です。世界を自分のものと見れば他人は消え、自分を世界の一部と見れば自分が消える。同じ関係を裏表から言っただけですが、二つ並べると自他の線が溶けます。身を修めるという話の入口に、まず自分と他人の境目を問う段を置いたところに構成の意図があります。誰のために修めるのかという問いが、初めから外されているのです。

この章句が説くこと

自他六合境目修身一体

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この一句を、あなたの毎日に。

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