呻吟語 / 内篇・談道・畢竟是れ幾人ぞ
有人於此,其孫呼之曰祖、其祖呼之曰孫、其子呼之曰父、其父呼之曰子、其舅呼之曰甥、其甥呼之曰舅、其伯叔呼之曰侄、其侄呼之曰伯叔、其兄呼之曰弟、其弟呼之曰兄、其翁呼之曰婿、其婿呼之曰翁,畢竟是幾人?曰:「一人也。」「呼之畢竟孰是?」曰:「皆是也。」吁!「仁者見之謂之仁,知者見之謂之知」,無怪矣,道二乎哉!
書き下し
人此に有り。其の孫は之を呼びて祖と曰ひ、其の祖は之を呼びて孫と曰ひ、其の子は之を呼びて父と曰ひ、其の父は之を呼びて子と曰ひ、其の舅は之を呼びて甥と曰ひ、其の甥は之を呼びて舅と曰ひ、其の兄は之を呼びて弟と曰ひ、其の弟は之を呼びて兄と曰ふ。畢竟是れ幾人ぞ。曰く、「一人なり」と。「之を呼ぶは畢竟孰れか是なる」。曰く、「皆な是なり」と。吁、「仁者は之を見て之を仁と謂ひ、知者は之を見て之を知と謂ふ」、怪しむこと無し。道二ならんや。
現代語訳
ここに一人の人がいます。孫はこの人を祖父と呼び、祖父は孫と呼び、子は父と呼び、父は子と呼び、おじは甥と呼び、甥はおじと呼び、兄は弟と呼び、弟は兄と呼びます。結局これは何人でしょうか。答えて言う。一人です。呼び方はどれが正しいのでしょうか。答えて言う。みな正しいのです。ああ、仁者はこれを見て仁と言い、知者はこれを見て知と言う。不思議ではありません。道が二つあるでしょうか。
解説
一人の人が立場によって祖父にも孫にも父にも子にもなる。この身近な例で、見る位置によって名が変わることを示します。そのうえで易経の、仁者は仁と見て知者は知と見るという句に接続する。呼び名が違っても対象は一つだという結論です。人の評価が人によって割れるとき、どちらかが間違っているとは限らない。見ている位置が違うだけだという、実に落ち着いた見方になります。
この章句が説くこと
名立場視点一評価
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