呻吟語 / 内篇・談道・悟に頓有り、修に頓無し
悟有頓,修無頓。立志在堯,即一念之堯;一語近舜,即一言之舜;一行師孔,即一事之孔,而況悟乎?若成一個堯、舜、孔子,非真積力充、斃而後已不能。
書き下し
悟に頓有り、修に頓無し。志を堯に立つれば、即ち一念の堯なり。一語舜に近ければ、即ち一言の舜なり。一行孔を師とすれば、即ち一事の孔なり。而るを況んや悟をや。若し一個の堯・舜・孔子を成さば、真積力充ち、斃れて後已むに非ざれば能はず。
現代語訳
悟りには一気に開けることがありますが、修行に一気はありません。志を堯に立てれば、その一念だけは堯です。一言が舜に近ければ、その一言だけは舜です。一つの行いで孔子を師とすれば、その一事だけは孔子です。まして悟りならなおさらです。しかし一人の堯や舜や孔子になろうとするなら、積み重ねが本物になり力が満ち、死んでようやく終わるというところまで行かなければできません。
解説
悟りは一瞬でも、修行は一瞬では終わらないという区別です。面白いのは中ほどで、志を立てたその一念だけは堯であり、その一言だけは舜だと認めるところ。小さな達成をきちんと数えています。そのうえで、一人の聖人になるには死ぬまでかかると告げる。励ましと突き放しが同居した一段で、今日の一事を数えつつ、終わりは無いと知る構えになります。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
悟り修行積み重ね志一念
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啓発録・跋嗚呼如何せん、吾身刀圭の家に生れ、賤技に局々として、吾初年の志を遂る事を不得を。然れども所業は此に在りても、所志は彼に在り候へは、後世吾心を知り吾志を憐み吾道を信ずる者あらん歟。嘉永戊申季夏橋本左内誌。
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『大和俗訓』巻之一・為学上されども芸は末なり、道義の学は本なり。芸をひたすら好めば、必学の志をうばはれて失ふものなり。いはんや私欲のなぐさみ好みにまかするをや。いましむべし。志を立つれば、たとへば西国の人のあづまへ行かんとおもひ立ちて、日々に行くに、其間昼夜あづまへ行かんと思ふ心は、念々つねにやまず。是あづまへ行く志たつなり。かくの如くなれば、つひに志す所に行きとどかずといふ事なし。道に志すも亦かくの如くなるべし。
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『慎思録』巻之一道に志す者は、須らく誠敬以て其の志を守るべし。然らざれば則ち流蕩放荒して道を忘れ、終にも亦必ず亡びんのみ。今の学者、大率人の不善を責むるの意思常に多くして、己の不善を責むるの意思常に少なし。此れ聖賢を以て人を律し、衆人を以て己を待すと謂ふ。是を以て学を為す者の、終に己に益無き所以なり。
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論語・公冶長篇顔淵・季路侍る。子曰く、「盍ぞ各々爾の志を言わざる。」子路曰く、「願わくは車馬衣裘、朋友と共にし、之を敝るとも憾み無からん。」顔淵曰く、「願わくは善に伐ること無く、労を施すこと無からん。」子路曰く、「願わくは子の志を聞かん。」子曰く、「老者は之を安んじ、朋友は之を信じ、少者は之を懐けん。」